抜き書き集:キエセ・レイモン、山田文『ヘヴィ――あるアメリカ人の回想録』里山社,2021.
キエセ・レイモン(Kiese Laymon)による自伝『ヘヴィ――あるアメリカ人の回想録(原題:Heavy: An American Memoir)』という本がある。翻訳者は山田文(やまだ・ふみ)である。2021年に里山社から刊行された。
わたしはこの本のことをとても大切に思っている。友達にこの本の魅力を伝えて、実際に文章を読んでもらいたいとすら思っている。だけど、いざこの本について説明しようとするとうまくできない。というのは、言葉を縦横に駆使してこの本のすばらしさを伝えたいという思いは心のうちにたしかにあるけれど、そのように力むがゆえに逆になにも言えなくなってしまうのだ。
いま、この本について話そうとすると、断片的な言葉しか出てこない。どうすればいいだろうか。
とりあえず、ちょっと力を抜いて話してみようかな……この本は自伝なんだ。つまり、自分がどんなふうに生きてきたかをふりかえる文章なの。幼少から大人になるまでを著者の視点から記録してあるの。テーマはほんと多岐にわたっているよ。まず、アメリカにおける奴隷制に淵源するレイシズムのこと。とりわけレイシズムが猖獗をきわめる深南部で暮らすということ。つぎに、言葉の序列。母から教えられる白人の英語と祖母がもちいる黒人の英語のこと。言葉を崩すことと崩さないこと。さらに、太った身体をもつということ。体型、体重。黒人の太った男性の身体を内側から生きることがどのように感じられるかっていうこと。過度なダイエットのこと。あるいは、アディクションのこと。痛みをやりすごすために過食することについて。薬物依存のことも。また、性のこと。親密性について。それについて語る人も聞く人もほとんどいなかったこと。はたまた、読むことと書くこと。母から厳しい指導を受けて、たくさん読んだり書いたりすること。そして、著者は生きていくなかで暴力を見聞きしたり体験したりするのだけれど、暴力の被害者になるのみならず暴力を加害したり傍観したり連累したりする側にいたこと。最後に、なによりも、読み書きについて、虐待じみた折檻もまじえて厳しく指導する母。母との関係。白人男性が中心のアカデミアで黒人女性の大学教員として働いていた母のこと。このように、さまざまなテーマが渾然一体として織りなされてこの自伝はつくられているんだ。だから、うまく話せる気がしないの。
わたしは力量不足のため、この本についてまだうまく語れない。だけど、これから好きなところを抜き書きしていこうと思う。いくつも日をまたいで抜粋を続けていこうと思う。いつの日か語るときの材料になることを願って。
母さんとぼくは、バンドエイド、アルコール、過酸化水素水でいっぱいの戸棚がある家で暮らしていたわけではない。おとぎ話を読んで寝かしつけられていたわけでもなかったし、生活費、食料貯蔵庫(パントリー)、食べ物でいっぱいの冷蔵庫、洗濯機と乾燥機もなかった。ぼくらは南部の歪んだ黒人家族で、そこにはいつも笑いと、とんでもない嘘と、本があった。たくさんの本と笑いと嘘があり、その本を読み、再読して、ものを書き、推敲するように母さんにしきりに言われたことで、ぼくは言葉、句読点、文、段落、章、余白に怖じ気づいたり簡単に感心したりしなくなった。母さんはぼくに南部黒人の言葉の実験室を与えてくれた。その空間でぼくは、死にたくてたまらないときに記憶と想像を組み立てる方法を学んだ。(p.18)
ビューラー・ビューフォードの家から走って逃げた日、ぼくはうちの玄関前に座って、ダリルの寝室の外で聞いた音のこと、母さんの寝室で感じたことを、ずっと考えていた。友だちの親の誰よりも、母さんはぼくにたくさん本を読ませて、読んだ本をもとにたくさん文章を書かせたが、ぼくが読んだ本はどれもセックス、音、空間、暴力、恐怖の記憶について話したり書いたり語ったりするのにはまったく役に立たなかった。(pp.36-37)
最相葉月『セラピスト』新潮社,2014.
最相葉月『セラピスト』新潮社,2014.
引用
相手の話にひたすら耳を傾け、真剣に聞く。こう書くと、なんでもない普通のことのように思える。だが、これがいかにむずかしいことかは私たちの日常会話を思い出してみればいい。聞き役に徹したつもりでも、内心、ほかのことを考えていたり、つい口を挟みたくなったりしまうものである。五十分間、何もいわず、虚心坦懐に人と向き合い、ただ話を聞くことは高度な能力と訓練が必要なことだろう。(p.67)
「 言葉はどうしても建前に傾きやすいですよね。善悪とか、正誤とか、因果関係の是非を問おうとする。絵は、因果から解放してくれます。メタファー、比喩が使える。それは面接のとき、クライアントの中で自然に生まれるものです。絵はクライアントのメッセージなのです。」(中井久夫の言、pp.9-10)
カウンセラーや精神科医には、沈黙と向き合うことが必要な場面がある。沈黙に耐えることができなければ失格ともいわれる職業である。私は彼らがどんなふうに働いているのかをよく知らなかった。知らなかったからこそ、誤解し、偏見をもっていた。だが、彼らの仕事を取材するうちに、言葉にしない世界の深遠さ、言葉によって意味を固定しないことのもつ意味について考えるようになった。
言葉によって因果関係をつなぎ、物語をつくることで人は安住する。しかし、振り回され、身動きさせなくなるのもまた言葉であり、物語である——。
中井久夫のそんな言葉が取材中、頭を離れなかった。(p.332)
感想
学校の図書館にあった、最相葉月(さいしょう・はづき)によるノンフィクション『セラピスト』を読んだ。この本を手に取ったきっかけははっきりと思い出せないけど、冒頭に精神科医の中井久夫(なかい・ひさお)が登場しており興味をもったのだと思う。中井のことはまだよく知らないが、トラウマ研究の古典といわれるJ・L・ハーマンの『心的外傷と回復』(フェミニズムの文脈でも重要)の翻訳者だったり周囲の人たちが読んでいたりして、かねてから気になっていた。また、本書のテーマは、現代日本における心理療法の実践である。これにかんして言えば、わたし自身、精神医療や臨床心理のお世話になっており、医師や心理士からもらえる薬・言葉・考え方を利用して生きるのを模索している「患者/クライアント」であるので、心理療法の話題は身近に感じられた。このようなわけで本書を読んでみた。
印象に残ったのは、治療における絵画や箱庭の存在である。心に苦悩をかかえた/かかえさせられた人を治療するにあたって箱庭や絵画をもちいる実践があるのは知っていたが、わたしはしょうじき懐疑的な姿勢をもっていた。そんな遊びみたいな作業で人の心理風景やその苦悩がうかがい知れたり、ましてや治療などできたりするものか、とどこか思っていたのである。だが本書において、箱庭や絵画を利用して治療をおこなう心理士・精神科医らの実践の歴史の分厚さ、そこにかけられた情熱を知った。また、患者/クライアントに絵を描かせる中井の臨床風景がひじょうに緻密に再現されているようすを読むと、自分のイメージは偏見だったのかもしれないと思われてきた。絵や箱庭は、言葉にはできないことを可能にするのかもしれないと感じられ、不思議だった。
また、内容とは別の点であるが、プロのノンフィクションライターである最相の筆力には感心させられた。最相はこの本を書きおろすにあたって、膨大な量の資料をたどり、たくさんの人に取材をし、見聞したことを345頁に書きあげているのだが、筆の勢いは一貫して安定しており息切れしない。文体も、余計な修辞を排した読みやすいものだった。学校で課される短いレポート課題に呻吟する身としては、自分もこんなふうに作文ができたらいいのに、とすこし憧れてしまったのでした。
2025年4月30日水曜日
くだらないことなんだけど、ちょっと知りたいこと、気になっていることをなんでも書きだしてみよう。順番はめちゃくちゃだからご了承くださいまし。
性別二元論的な空気の濃い場所で居場所がないって感じるとき、自分みたいな存在があんまり想定されていないなって感じるとき、どんなふうに立ち振る舞えばいいんだろう。そういう場所で、ホモフォビアやトランスフォビア、性をめぐるいろんな規範で織りなされる「当たり前」に疲れたり傷ついたりしたとき、どうやったら心を回復させて元気づけることができるかな。あとわたし、ぱっと見たかんじ「フツーに」「男」や「女」をやれてそうな人をまのあたりにすると、すげえって感嘆すると同時に自分とは違う世界に生きる人だって線を引いちゃうんだけど、こういう心の癖ってよくないかな。よくない気がする。
10年来の自傷行為が止むためにはどうしたらいいかな。じぶんは思春期の初め、なんであんなふうな生き方・考え方しかできなかったのかな――自分だけのせいじゃないとは思うけれど、まわりの大人たちの影響もあると思うけれど、わたしはきわめて愚かで暴力的だった。いま振りかえると、あのように生きたくなかった/生きるべきではなかった。だけど今の自分は、暴力的だった自分の延長線上にあるといえるかもしれない。どうやったら、暴力的だった自分を受け入れ、反省し、自分のうちにひそむ暴力的な性向と決別できますか。もう二度とあんなふうには生きたくないんだ。
心がさびしいとき、食べ物をドカ食いしてごまかす以外に、その感情に対処する方法はありますか。そういえばさいきん自炊ができないので、自炊できるようになる方法も知りたいな。あと、自分の身体の形がへんだな・好きじゃないなって思うんだけど、この気持ちとどんなふうに折り合いをつけたらいいんだろう。ほかにも、世の中の見た目についての規範が厳しすぎてついていけないってつねづね思っているんだけど、あか抜けない見た目のクィアであるわたしは、そうゆう規範とどう交渉したらいいですか。
友達や知り合いとの健康な付き合いかたも知りたいんだ。人といっしょにいるときに相手の顔色をうかがいすぎたり自分を抑制しすぎたりしない方法。人といっしょにいるときにリラックスすることってできるかな。
朝起きて夜たっぷり眠るにはどうしたらいいかな。心から安心して休んだり遊んだりする方法も知りたいです。
わたしの心や頭に起こっていることは「障害」や「疾患」のカテゴリーにおさまりがわるいんだけど、いったいどう理解すればいいんだろう。世間的に「フツウ」じゃない行動ばっかりしてきた。頭や心が「フツウ」に機能してくれなくてさ…われながら愛想がつきかけたな。自分のこと「きちがい」って感じて胸が痛かったよー。涙がちょちょ切れちゃうな(笑)。
自分がいま大学にかよっているのはどうしてなんだろう(親が金を出してくれているからだよ)。大学にいるうちに何しようかな。アカデミック・ライティングってどんな特徴のある書き物なんだろう。アカデミック・ライティングっていう言葉はなんの役にたつかな。フェミニズムや社会正義にはどう貢献できるのかな。
どうやったら読んだり書いたりできるかな。話したり聞いたりするのも十全にできるようになりたいって思うんだけど、どうしたらいいかな。
まえ、街中で寮の清掃業者のかたと会って立ち話をしていたさい、話題が政治や日本の歴史に及んで、その人がアジア太平洋戦争の性質についていわゆる右派的な歴史観を話しているのをわたしはただ聞くよりほかなかった。どうすればよかったのかな。もっと日本の歴史について勉強して、求められたときに意見を出せるよう準備しておけばよかったのはたしかだ。このような会話で異見を伝えることは緊張をはらむけれど、それでも平和裡にコミュニケーションすることってできるのかな。
(30分強で1500字、見直しも5分やったよ、一読して感傷的かつ自己憐憫のきらいがあると思ったけど、書いてしまったのでとりあえず公開だ。だけど言葉を吐いた後はいつも自己嫌悪になるな)
最近の気になるトピックはアディクション
最近読んでいる本
- 赤坂真理『安全に狂う方法――アディクションから掴みとったこと』(医学書院,2024)出版社HP.
- 大嶋栄子『生き延びるためのアディクション――嵐の後を生きる「彼女たち」へのソーシャルワーク』(金剛出版,2019)出版社HP.
- 大嶋栄子『傷はそこにある――交差する逆境・横断するケア』(日本評論社,2024)出版社HP.
- 上岡陽江『増補新版 生き延びるための犯罪(みち)』(新曜社,2024)出版社HP.
- 倉田めば「シラフでクレージーになるために――表現としての回復」『臨床心理学 第21巻第4号 特集=トラウマ/サバイバル』(金剛出版,2021)出版社HP.
最近、依存症/アディクションというトピックが気になって、上の本をかばんに入れて持ち歩いている。
10代後半以降、アディクションという話題について新たに知ることが多かった。最初の関心のもちかたは、社会なかで正しく理解されず周縁化されているマイノリティ集団のひとつとして着目するのみだった。だが、大学入学以降に知りあった友人のうちにセックスや食べることに依存する人がいて、依存は身近な友人がかかえる問題になった。また、わたしも2024年の12月以降体調をくずす(正確にはメンタルの調子を崩す)なかで、自分の身体がおびているどこに由来するかもわからない苦しい感覚をごまかすために過食する傾向がでてきてしまい、この苦しさが依存症の人たちの症状――苦しさから逃れる手段としてアルコールや薬物にうったえる――とつながっているように思われたのだ。
今のところ、わたしに目立った依存や嗜癖の問題はないし、あったとしても10年前に始まった軽微な自傷行為(抜毛癖)くらいだ。苦しさや傷つきに対処する資源は少ないが、まだもっているほうだと思う。けれど、冬以降に大きく調子をくずすなかで、依存症の人たちのことを自分に近しいことを経験している人たちとして(一方的に)とらえるようになった。
そういうわけで上の本を読んでいる。答えを知りたい疑問はこんな感じ:依存症/嗜癖/アディクションとはなに?依存症から回復するためにはどういう治療が必要なんだろう?治療のなかでグループミーティングをする印象があるのだけれど、それはどうしてだったっけ?治療のなかで「12ステップ」っていうのも聞いたことがあるけれど、何なのだろう?また、依存症の問題をジェンダーやセクシュアリティ、あるいは社会正義の視点からみると、どんなことが言われたり論じられてきたりしたんだろう?
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最後に思いだすことを記したい。あるとき、知人の家に行ったさい、知人とそのパートナーはベッドにぐったりと横たわっていた。あきらかに調子が悪そうだった。かねてからその二人は、咳や痰の市販薬であるブロンを過量に服薬していた(いわゆるオーバードーズだ)。ベッドに横たわりながら知人は、身体がきついから代わりに薬局にブロンを買いに行ってくれないかとわたしに頼んできた。だが、わたしが「ボロン…?」などと言って薬の名前さえおぼつかない様子を見ると、こいつは頼りにならないと思ったのか、彼女は自分で起きあがって薬局に向かった。
知人とそのパートナーは性的マイノリティで、ほかにも複数のマイノリティ属性をもつ。身体的・精神的な暴力とそれによるトラウマを生きのびてきたサバイバーでもあり、心や体に慢性的な痛みをかかている。最近、上にあげた依存症の本を読むなかで学んだのは、社会のなかにはさまざまな暴力があり、その暴力を受けつづけた人が存在し、かれらは自分たちの傷・苦しさ・痛みから逃れる方法として、ドラッグや多量の処方薬・アルコールなどのモノに手を出してしまったり、またはリストカットや過食・拒食といった行為に、あるいは過度の買い物やギャンブルなどの行動にはしってしまうことだ。こういう記述を読んでまず思い出されたのは、暴力のサバイバーでかつ依存をかかえる二人のことである。
1月23日深夜:微小景
わたしは今うまくいっていない――家事も、学業も、人間関係も、楽しみも。家事は必要最低限ができなくなりつつあり、学業についてはまるまる放棄しそうな瀬戸際にいる。人間関係の面では孤立感をふかめ、休んだり遊んだりする感覚はけっこう摩滅しているようになっている。
父とさきほど電話した。父から、わたしがこのようにうまくいっていないのはわたし自身による選択の結果であるといわれた。わたしが弱くて愚かだったからこのように苦しむはめになっており(ここまで直接的に表現されたわけではないが、そのような趣旨だった)、この状況は自分の工夫や努力しだいでどうにかなるんだと言われた。
ここで思いだされるのは、去年の冬学期の政治学の授業で読んだ、安丸良夫による本(『日本の近代化と民衆思想』平凡社)である。わたしはこの本をとおして、近代黎明の日本を生きた人びとの心にねづいた「通俗道徳」というメンタリティについて学んだ。通俗道徳とは「勤勉、倹約、謙譲、孝行」といった一連の生活規範のことだ(上掲本、12頁)。安丸はこれら道徳の徳目に共通する「強烈な精神主義は、強烈な自己鍛錬にむけて人々を動機づけたが、そのためにかえってすべての困難が、自己変革――自己鍛錬によって解決しうるかのような幻想をうみだ」すきらいがあったと指摘している(上掲本、80頁)。通話をしながらこの本のことを思いだし、父も通俗道徳論の一種を内面化しているように思われた。自分の力のことを過大評価しているように思われるし、なにより元気のない心身をもつわたしにそのようなアドバイスは当てはめてよいものだろうか。
ハヤク死ネバイインダロ、とどこか自棄まじりな激する声が頭のどこかからきこえ、それにたいしてもう一方の自分が「だめだよ、冷静に考えなくちゃ」となだめる。明日は学校のカウンセリングがある。どん詰まりでちょっと苦しいから話をきいてもらいます。
バカナ身体、オロカナ身体、ヨワイ身体、ミニクイ身体。消えちゃえばいいのに――消えちゃいけないよ。あー、やんなっちゃうな。ガンバレガンバレ。
(小景ですらないから微小景と題してみた。800字強)
1月10日金曜日:怠けなのか病気なのか、怠け病の身で考える
わたしの動けない心身の状態は、怠けなのか、それとも病気なのか?――その判別がつかない。結果、「怠け病なんだよな」と口元をゆがめてじぶんにつぶやく。
多くの人にとって、朝起きて学校の授業にむかい課題をこなして単位をとることなんて造作もないことだろう。「造作もない」とは言い過ぎかもしれないけれど、あるていど当然のこととしてできるだろう。だが、いまのわたしはそれができない。具体的には、朝起きると憂鬱で逃げたい気持ちに圧倒されて布団のなかでじっと固まったままになる。着替えるのもひと苦労で数日間同じものを着ている。洗濯物はたまる。風呂やシャワーにも入れず、いまは5日間入れていない。食欲はあり、むしろ平常より多いかもしれない。ストレスから逃げるため食べる感覚にふけっているのだと思う。おかげで体重は増えた。ひとりでは定刻通りに授業にいくのがむずかしいため毎朝親に電話をつないでもらい、わたしが身支度をととのえるのを見守ってもらっているのだが、それでもなお授業には遅刻しがちだ。ましてや課題をやるのはとても難しいことのように感じる。じっさいに、今学期に入ってから授業時間外の勉強はまだできていない。
できないよ。もうやる気がでないよ。やりたくないよ。やらないことをゆるしてください、休ませてください。楽しいことを思い出させてください。
こんな心身の状態におちいって思いだされるのは、高校に行き渋っていた感覚、また3年前のコロナ禍の時期(オンライン授業だったときだ)すごく調子がわるくてたくさん単位を落とした時期があるんだけど、そのときの体の動けなさのことだ。しばらく忘れてしまっていたが、じぶんはむかし不登校だったし、鬱になりやすい心身の持ち主だった。
「できない」と「したくない」の渾然一体とした心身の状態がつづいている最近。学費50万円を払ったのだから、授業に参加して課題をこなし単位を獲ることを目標とするべきだ。理屈のうえではそれを理解している。しかし体は動かない。どうしてだろう?どうしたら一学期をもちこたえられるように心身を変えられるんだろう?もしこの動かなさの正体がたんなる怠け(「したくない」)なら発奮してがんばるべきだけどその力がでず、「きつい」「耐えられない」「もう無理」「休みたい」とほかの人にずっとこぼしている。それとも、この体の動かなさは怠けではなく病気なのだろうか?病的なのはあきらかであるが。精神科にもかかっているし、医師からいちおう気分障害の一種だとはいわれているが、病気であることを強調されたおぼえがない。わたしは病気というよりたんに甘ったれている病的に弱い人間なのではないか、と思ってしまう。
なんで学業をやりたくないんだろう?ほかの人は学校の授業に行ったり課題をこなしたり単位をとったり当たり前にできているのに、どうしてわたしはできないんだろう?さいきんこの問いしか考えていない。頭のいっぽうでは「休みたい」と弱音を吐いているけど、もう片方では授業に参加して単位を獲らなくちゃいけないってわかっている。限界までがんばってぶっ壊れたらそのときは休むよりほかないけれど、いまはたんにがんばる気力がない状態なだけだから、克己奮励してがんばるべきじゃないか。
自分自身が「怠けてしていない」なのか「病気などの事情でできない」なのか考えていると、ふと、栗田隆子という著作家が書いたエッセイ『ぼそぼそ声のフェミニズム』(作品社、2019)を思いだす。この中の「愚かさ・弱さの尊重」という章は、栗田が、不登校やうつ状態になった自身の経験からフェミニズムの健常主義や能力主義を問いなおし、表題にもなったぼそぼそ声のフェミニズムを提唱するものだ。そのなかで、「できない」のか「したくない」のか判別することをやめてその状態をそのまま受け容れるよう提案していたことを思いだしている。
1月8日水曜日:今日の記録、トラちゃんウマちゃんとお散歩
今日の記録
今日のことを書こう。けさは9時に父親から電話がかかってきて、そのまま1時間半ほど通話をつないでもらい、身支度をして学校に行った。10時10分から2限の授業がはじまっていたが、40分遅れて参加した。その後学食にて昼食をたべ、保健室のベッドに横たわらせてもらう。まぶたを閉じてじっとするとあっという間に時間は過ぎてしまい、4限の授業に50分遅れて参加した。5限の授業には15分ほど遅れただろうか。いまは授業の最中なんだけど、あまり集中せず、こうしてブログをポチポチ打っている。
卒業までに残った単位(卒論の9単位を除く)は17単位だ。ひとつの授業はだいたい3単位だから、卒業するためわたしは授業をあと6つほど取ればよいことになる。では素直に「よし、今学期も単位獲得に向けてがんばるぞ!」となればいいのに、授業に行くのがとてもつらい。やる気がでない。逃げたいよ。やりたくないよ。こんな気持ちになってしまうわけを考える。なんでだろう?いくつか説をあげてみよう。――ひとつに、友達がとても少なくて大学キャンパスで孤立感をおぼえているとか?あるいは、普通の人より大学に入るのが2年遅れて、留年して5年生をやっている自分が情けないから?ほかにも、日々の生活に楽しみがないからとかだろうか?ながいこと自分に休むこと・遊ぶことをゆるせておらず、趣味や楽しみがわからないんだ。また、わたしは中学生のころ受験勉強をやりすぎて勉強することが怖くなっちゃった過去があるんだけれど、それから十全に回復できておらず、大学での勉強に手ごたえがなく、むしろ自分が劣等で異常で「きちがい」と教えられてきたようなかんじだった。そのせい?わからない。
24年12月以降の生活の変化は、家事をしたり身体を清潔にたもったりすることができなくなったことだ。具体的には、服は同じものを数日間にわたって着ているし、風呂には数日平気で入れないし、洗濯物もたまっている。寝る前の歯磨きや洗顔もできない。朝起きると授業に行きたくないという気持ちに圧倒されずっと布団のなかにいる。そのため、遠方のT県とF県に住む両親にそれぞれ電話をかけてもらって起きて、機嫌をなだめすかすようにしてなんとか身支度し(わたしはもう25歳なのに)、かろうじて学校に向かっている。親の助けを総動員してなんとか学校にかよっている状態だ。しかし、学期登録するということは、通学をこなすだけではなく、グループワークだとかレポートといったタスクを課されることだ。だが、これ以上やれる気がしない。弱気になってクシャってくずおれてしまう心身の調子である。
心の傷、トラちゃんウマちゃんのトラウマコンビとお散歩してみる
いつも思い出していること、いつも思い悩んでいることは、いちばん人に話せない/話したくないこと。心のなかに未消化で収まりどころのない、ずっと自分を責めさいなんでいる記憶がある。
そのことについて、なんて説明すれば人が理解可能になるのかわかんない。そのことの全貌が自分自身もまだわかんない。10年にわたるし、なんて説明すればいいのかわからない。なにが起こって、そのできごとを経てわたしはどのように変わったのか。なにを失ってどのような教訓をえたのか。心身にどのような変調をきたすようになったのか。そのできごとは血縁家族のなかだけで相談してきたこと。だれかに話そうとすると心が痛くなる、話せなくなる。また、上のように書くと重大に聞こえるけれど内実はけっこうくだらないから、くだらないことに悩まされている自分が恥ずかしくなって話したくなくなるのだ。
わたしに起こったできごとは経済的・階級的特権があったからこそ経験したことともいえる。他の人はもっとたいへんな思いをしていると思うから、話せなくもなる――あんなくだらないことにたいして、なぜ命をかけるように思い詰めて破綻してしまったんだろう。なんであんなふうになってしまったんだろう、どうすればよかったんだろうと思う。じぶんが他者にたいして愚かで有害で暴力的なふるまいもした、その記憶もべったりとくっついている。そんな有害だったからあんなふうになってしまったんだ、自業自得だ、恥ずかしいなって思ってしまう。
わたしは友達が少なく、自分自身をあるていど素敵だと思えない、自信のない子どもだった(仕方ない部分もある――人と異なる話し方、太った身体、ケアが足りなかった子ども)。友達がいればよかったのかな――15歳のときのそのできごとは楽しみや休みを悪と認識してストイックにやりすぎた末に起こったことで、そのできごとがあまりにもショックだったからわたしは取り戻そうと頑張りすぎてしまい、なおのこと楽しみや遊び・趣味を忘れてしまった。楽しみや遊びや趣味を忘れた、強迫的かつ真面目な人が他人とつながる可能性はとてもすくないと思う。そして紆余曲折を経て、高校に行けなくなって中退へといたった。
沈黙して、言いよどみ、訥々して、中心を簡潔明快に突くというよりは縁をなぞるような話し方、聞く側には要領をえない語りになってしまう。しかも話してみると、たいしたことはないのに。口に出してみると、そのできごとが自分にあたえた深甚な影響をどこか記述しそこなっているように感じる。
このブログという場所で、それについてお話しする練習をすればいいのかしら。
つらかった過去の思い出をかかえつつも、いつかどこかで人の輪のなかで安らっていられたらいいな。