24年5月24日金曜日

 5月24日金曜日晴れ。きほん涼しく、体をすこし動かせばじっとりと汗ばむ程度の晴れだった。夏はこんな天気であってほしいが、そうは問屋は卸さない。

 今日の体調にかんして。風邪がひどくなり、咳と痰が間歇的にでる。立つことはできる。本を読むこともすこしはできる――注意散漫ではあるが。熱もあったけれど、昨夜解熱剤を飲んだらさがった。ああ、こんな体調で今週末のICUで開かれる政治思想学会には参加できるだろうか。おそらくできないだろう。この体で直接行ったら周りの人の健康を危険にさらしちまうから、行っちゃだめだよ…と自分に言い聞かせる。

 さいきん考えていること。自分がふだん生活と活動の場としているのは大学(ICU)であるが、その大学の制度やルールをより使い勝手のよい、より平等で、より公正なものにしていきたいとかねてから思っている。そんな思いを背景に、この前は寮の夏休みの間のルールにかんしてすこし交渉をおこない、わずかにだけれどよい方向へと変わった。次は、樅・楓寮一階のウィステリアホールという場所の予約利用資格にかんしてなにか動きたいと思っている。一人でやるのではなく、複数人でやりたいな。

24年5月23日の日記、と栗田隆子『ぼそぼそ声のフェミニズム』感想

 昨日から風邪をひいている。咳がコホコホと出て、声の調子がおかしい。体のかんじは通常どおりであるように感じられるのがさいわい。これ以上悪化しないように、家にあった市販のかぜ薬をちゃんと飲んでおこうと思う。明日の授業も欠席かなぁ。ふぁー。
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 昨夜――というか今日の朝だろうか――は外が白みはじめるまで、栗田隆子(2019)『ぼそぼそ声のフェミニズム』(作品社)を読んでいた。おもに「はじめに」と「7 「愚かさ」「弱さ」の尊重」を読んだ。読んでいて、この言葉が書き残されてよかったとしんそこ感じた。そういう感情にひたりながら、以下にツイートした。

「深夜に栗田隆子(2019)『ぼそぼそ声のフェミニズム』(作品社)を30分読んだ。ちゃんと読むのは5年ぶりのような気がする。なんかしみるように感じた。」

「わたしにとってこの本が大切なのは、①不登校メンタルヘルスを損なった心身の経験を語っているから、②フェミニズムがときとして能力主義と手を組む様子をアクセシブルな言葉で描きだしその危険を指摘したから、③また最後に、わたしのフェミニズム受容が、能力主義や学校文化への親和性、また「賢さ」への志向の上になされたものではなかったか、と気づかせられたからです。自分のフェミニズムという言葉の意識的な出会いは上野千鶴子なんだけど、そのときの自分のフェミニズムの受け取り方はなんだかかなぁと…」

https://x.com/bunchobuncho24/status/1793348900314874125

 この本のトピックは複数あるのだけど、そのひとつはフェミニズムのなかの能力主義である。どういうことかというと、性差別に抵抗しようとするフェミニズムの考え方・言い方が能力主義と手をとりあう危険を指摘しているのだ。もしフェミニズム能力主義と手をとりあって、能力主義やエリート主義と仲良しこよし、お互いに栄養をあたえると、学歴の低い女性や、健常健康な心身をもたない女性たちがフェミニズムの中心舞台からこぼれ落ちてしまう。そういう危険について光をあてた点(しかも平易な言葉で!)で、わたしにはこの本が唯一無二の達成に感じられる。

 栗田の文章をうけて思ったことを以下に書きたい。わたし自身、いったい自分がなにを話そうとしているのかまだわかっていない。まよいながらうなりながら書いている。もしかすると下に書くことは間違っているかもしれない。間違っているとわかったときには訂正するから、とりあえず話をさせてほしい。話をしたいのは、栗田の書き方についてである。

 もとよりこの本はエッセイであって、厳密なアカデミックなスタイルでは書かれていない。連想に近い書きかたや、出典の明らかでないところも一部ある――ここから考え始めたこと。わたしがいいたいのは、このように厳密に論理一貫させていないことが悪いということではない。むしろ、このエッセイがアカデミックなスタイルではなかったからこそ、可能になったことがあるのではないか、ということである。もし論文の書き方を踏襲すれば、厳密にリクツのつながりを一貫させようとすれば、おそらく袋小路につきあたって、このエッセイに現れているような、ぼそぼそ声・うめき声・うなり声・もやもやは沈黙のなかに押しやられてしまうのではないか。アカデミックな書きかた・話しかたができないからといって話すのをあきらめ、栗田の経験したような思考や情動のありかたが見えなくなったり知られなくなったりしたら、それはすごくいやだ。

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 わたしは大学にかよう学生である。大学ではいろんなことを学ぶけれど、そのなかでも集中的に訓練されるのが書き物である。教員たちからは常日頃、パラグラフ・ライティングで書こう、だとか、問いと命題を明示的に対応させようだとか、論理一貫させよう、だとか、出典はちゃんと示そう、だとか言われる。ある教員は「詩以外の文章はすべてパラグラフ・ライティングで書くように」とさえ言っていた。そういう訓練を受けている身なので、いちぶ連想のような書き方をするこの本のスタイルが、目にとまったのだろう。論理ってなんだろうな。
 わたし、いま取り掛かり始めた卒論でもなにかしらフェミニズムについて書こうとしているのだけれど…論文はフェミニズムについて何ができるだろう?

栗田隆子(2019)『ぼそぼそ声のフェミニズム』(作品社)の書影。

 

24年5月22日水曜日のきろく

わたくしのくそどうでもよいかけがえのない日常。
 今日はまず、カウンセリングに行って、ここ最近の心身の状態や生活のふりかえりをした。そのあとは学修アクセシビリティ支援室という学校の合理的配慮担当の部署との面談があった。スケジューリングやタスク管理をいっつも一緒にやってもらっている。今日は生理痛のためよく集中できなかったなぁ。
 そのあとは、知人に教えられ、とある張り紙を確認するためにERB(教育研究棟)という建物に行った。この張り紙は、5月のはじめに発表された学長のメッセージにたいするとある教員からの反応として書かれたものだ。背景を説明すると、5月初頭に発表された学長のメッセージとは、イスラエルパレスチナ情勢について、「人権尊重をうたう大学として態度を表明することはないのか」と一部の学生から問われた学長が、「複雑な歴史的・政治的メッセージをもつこのイシューにかんして、一方を支持するような態度表明はしない」(大意)と述べたものである。この張り紙は、その声明を印刷して、赤色のボールペンでたくさんのコメントをふしてあった。張り紙の左上に目をやると「F」の文字が丸でかこまれている。おそらく評価の意味だろう。ちなみに、ICUでの成績評価の指標のうちいちばん低いのはEである。それより低い「F」をつけてあったことに、この教員の怒りと落胆がにじみでているように感じた。
 そのあとは「Born in Gaza」というドキュメンタリー映画の上映会に途中から参加した。映画のなかでは、イスラエルによる攻撃によって身体の傷だけでなく、心的外傷をかかえさせられたことが多く言及されていた。そしてその傷がちゃんと手当てされないこともいわれていた。
 そのあとはファミリーマートでお茶を買ってぼんやり。となりでガールズトークしている集団がいて、わたしはついぞああいう輪に入れたことがなかったなーとかんじた。そのあとはT館に行って、電気代をクレジットカードではらえるよう手続きをした(よしよし)。いま最後の時限の授業がおわって、階段からぞろぞろとおりてくる学生たちを見ているところ。

のどの調子がよろしくない。イガイガするような。マスクをつけろ、自分。

今週の記録

今週(2024年5月13日月曜日から18日土曜日)の記録、以下にてきとーに走り書きする。

13日(月曜日)
 この日は低気圧のため心身がしんどかった。そのためかはわかんないけれど、午後の「自由」という授業では、ディスカッションに参加せず一羽でじっとしていた。「体力・気力がないのでディスカッションに参加していません」とかるく告げると先生は「そうですかー」という感じで、いっこうに気にかけないようす。最後の時限は自主休講(さぼり)しました。これで減点されないのはありがたい。
その後は、T館の一階で「じぶんのくそやろう」などといいながらレジュメをつくっていたように思う。レジュメはR・ローティの『偶然性・アイロニー・連帯』という本の第二章についてのものだった。だけど完成せず、そのまま会をむかえる。

14日(火曜日)
あんま覚えてない。なにやってたっけ。

15日(水曜日)
 水曜日は学校のカウンセリングとLAS(学修アクセシビリティ支援室:合理的配慮担当部署)との面談がある日。だがカウンセリングは、カウンセラーがわの都合でナシに。カウンセリングがキャンセルされて生じた時間はジェンダー研究センターでゆっくりしていたように思う。
 LASとの面談では、はかどっていない卒論執筆について相談。LASの職員さんにみまもられながら、WSD(Writing Support Desk:大学院生のチューターさんたちが執筆の相談にのってくれる学内のサービス)を予約した。

16日(木曜日)
ぱっと思い出せない。わたしなにやってたっけ。夜は友達の家に行って、相関関係の有無をとう課題をまえに「相関関係がわからんぜ!」「もう考えるのめんどいから相関あることにしちゃおう!」(最悪すぎんだろ)などと叫んでいたのは覚えている。

17日(金曜日)
 朝からシャワーと洗濯物干しを励行。そのあとは遠方の精神科へとえっちらおっちらと移動。高い気温に体力がけずられたのか、移動がしんどく感じられる。
 精神科への移動のさいは中央線をつかうのだけれど、昨日は、近くの席に座っている人が労働運動の資料を読んでメモを取っていた。その資料のうちに「ケア労働の質」などの語句があったり、看護師関係の労働運動の歴史がまとてあったりするのがふと目にはいり、おもわずガン見してしまった。あとから記憶をたよりにググって、その資料がネット上にあげられているのをみつけた。おそらく看護師の労働組合の講演会での配布資料なのだろう。
 「グローバル社会正義論」の授業に不真面目な態度で参加した。とりあえず席にすわってペラペラな内容のコメントシートを出せただけ、まぁよいとしましょう。

18日(土曜日)

朝からICU関係の某ミーティングに参加したり、アリソン・ケイファーのオンライン講演をぼんやり聞いたり。いまは学食でごはんをたべながら、この記事をなぐるようにして書いてる。今日も生きててヨシヨシ。

ブログ作ってみた。

ブログ作ってみた。くだらんことしか書かぬ予定だけど、どんなにくだらんことでも、じぶんがなにを見聞きしてどう感じたかは記録しておいたほうがよいと思ったから。さてこれから更新されるのでしょうか…。